体操競技好きです。米田功選手のファンです。


by hontashibuki
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夢の斜面

遅ればせながら、2次予選、見に行ってきました。
帰ってきてから、何故かヘトヘトでまるまる2日動くことが出来ませんでした。。。。
選手より疲れることをしていないはずないのに。。。。(T T)

備忘録など追々、アップしていきます。少々お待ちくださいませ。(どーなんだかなー、怪しいぞー、オイ)



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良い事よりも良くない事のほうが、自身にとって印象深くなることがあります。
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弟2人 新たなライバル(YOMIURI ONLINE 「北京へ」07/04/28)
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叱られて伸びる人はいます。伸びるというか、それを糧にできる人。
寿思選手ほどの実績がある選手ともなると余程のことがない限り、直に叱られるということがなくなってくると思います。
ましてや「叱り」を乞うことなど、ありえない。…ホンッとに悔しかったんだなあ…と思います。
でも、幸い(というべきか…)にも、彼はその機会に恵まれた(でいいのかなあ…)。
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自身の存在を証明すべく体操を続けてきた彼にとって、「らしくない結果」を残した06年世界選手権が彼にとっての幾つ目かのターニングポイントになる(はず)。
きっと必要な失敗であった、と言うために、彼は北京五輪という名の荒野を目指すのかもしれません――。

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それでは米田功選手の場合はどうであったか。
「天才」と評されることで十分、周囲の注目を集めていたのだから、日々の練習に力を入れる必要を感じることはなかったかもしれません。
大会の前にほんの少しだけ力を込めるだけで、勝つことが出来てしまうのだから。
わざわざ「自身の存在」を証明する必要などなかった。。。。
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叱られてもどこ吹く風、だったのかもしれません。
疎ましく聞こえた時期があったかもしれません。「余計なこと言いなや」みたいな感じで。
自分に向かって叱ってもらえることがどれだけ貴重なことであるか、なんて一番心の揺れる10代にわかるはずがない。
今見ると、上手い具合に「天才」のレールに乗っていた、とも言えるかもしれません。
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そのレールが思いの他危険であった、ということに気付くのはシドニーオリンピックの代表選考の後。
きっと彼の家族は彼がシドニーに行けるものと信じ、自身は絶対に行けるものと疑わなかった。
でも信じて疑わなかった青写真は青写真のままで置かざるを得なくなったのです。
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そこから後は皆さんご存知の通り。「努力を知った天才」なんて言われてます。
苦汁をなめた後の努力の味は思ったよりも悪くない、そんな感じでしょうか。
それまでの憑き物が取れたが如く、人の意見が素直に聞こえてるようです。
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北京を目指す大切な時。
今(怪我をしている)自分が置かれている状況をマイナスに捉えている風には全然見えません。
それもこれも、一度「代表落ち」を経験したことから端を発しているのは明らかです。
身も心も逞しくなっている彼を見ていると、こちらも不思議と穏やかな心持ちになります。
(そんなことを感じるのはワタシだけかもしれん…)
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詳しいことは「第三文明」07年6月号(中吊り広告があるんですねえ)と、「螢雪時代」07年4月号をご覧下さい。



~今日(じゃなくて昨日)のBGV~
ジブリ実験劇場 On Your Mark
/ ポニーキャニオン
ISBN : B00005FVPJ

タイトルはこの曲の中の歌詞より拝借いたしました。
映像もめっちゃいいです。機会があればご覧下さいませ。
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by hontashibuki | 2007-05-03 05:59 | 体操のこと